三章「夜の向こうに答えはあるのか」後編

 
 「とりあえず誰かに話を聞いてみよう」
 とヨハンは工場の方を指差した。多くの人々が工場と工場の間を行き交っている。やはり宇宙服のような格好で。

 二人は工場の角に立っている人間に声をかける事にした。オレンジ色に光る誘導棒を持って一カ所に立ち続けているので、恐らく交通整備か誘導係に見えるのだが、棒を振るでもなく突っ立って、時折足下の小石を蹴ったり空を見上げて伸びをしたり。暇そうだったのだ。
「すいません」
 トマーゾが近づいて声をかける。緑色のガラス越しでも分かる、日に焼けた快活そうな中年男性だ。
 男は二人を見てすぐに旅行者だと分かった。あの宇宙服のように見えた服は防護服で、それを着ている者は作業員で、この星に住む者のほとんどは工場の作業員なのだと教えてくれた。
 ヨハンもこの星に関しては不思議に思う事が多いようで、男に質問する。
「こんなに沢山の工場で何を作ってるの?」
「この星は“光”を作っているんだ。オリオン座一帯の星に“光”を売ってこの星の人々は生計を立てているんだ」
 男は人当たりよく、話好きらしい。二人に色々と教えてくれるのだった。
「その君らがしてる眼鏡は遮光眼鏡という。この防護服の顔面部分も遮光効果がある。この星は大量の光を作っているから、もしもの時それがなくちゃ危ない」
「もしもの時?」
「工場で事故が起きたら大量の“光”が辺りに漏れ出して目が潰れてしまう。最悪死ぬ事だってある。さっきも光っただろ?あれが工場の事故だ」
 二人はいまいちピンと来なくて、互いに尋ね合うように顔を見合わせる。さっきの雷のような閃光が事故だったとは思いもよらなかった。そしてトマーゾが上空で見た光の明滅も工場の事故だったのだと、ようやく思い至る。
「“光”で人が死ぬの?」
 ヨハンは強張った顔で尋ねる。
「死ぬさ。現場で作業してる人間は全滅だろうね。でも君たちのような一般人が死ぬ事はない。その眼鏡をしている限りね」
 あの光の明滅の度に人が死んでいるのだと想像するとトマーゾは恐ろしくなった。ヨハンも何か言いた気にこちらを見ているが、きっと気持ちは一緒だろう。トマーゾは急いでこの星を出なければと思った。

 男に礼を言い立ち去ろうとした所でトマーゾはふと思い立ち、男に一つ尋ねる。
「僕達は北極星に行くんだ。一緒に行かないか?」
 男は驚き、そしてすぐ顔の皺をいっそう深くして微笑む。
「それは名案だが故郷を捨てるわけにはいかない。家族も仲間も居るんだから」

 再び礼を言い、二人は駅に向かう。
 トマーゾは複雑な気持ちを抱えたまま列車に乗り込む。わずかに立ち寄っただけの星の文化や人々の考え方など知る由もないが、それでもあそこまで人の死に無頓着でいられるものだろうか。
あの男がとてもいい人間に思えたからこそ不思議に思うし、恐怖も感じた。あの光の明滅の度に人が死に、それでもこの星を離れられない理由とはなんだろう。この星に住む人々の悲しい宿命が、あの男の言う“故郷”の一言で片付けられるのだとしたら、故郷なんていらないのに、とトマーゾは自身の故郷を想う。座席に座り、開け放った窓の外をもの言わず眺めるヨハンの髪の毛が風に揺れている。生まれた海沿いの町、そこに吹きすさぶ潮風をトマーゾは思い出していた。
 トマーゾは自分の左手の甲を見る。ビヨウヤナギの芽はすっかり育って、つぼみが膨らみはじめている。

 列車はもの凄いスピードでベテルギウスを離れる。宇宙に空いた巨大な穴も次第に小さくなる。真っ暗な穴の中でまた光が瞬いた。
 夜の向こうに何があるのか、トマーゾはそれが知りたかった。

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