三章「夜の向こうに答えはあるのか」前編

 
 トマーゾが列車の窓から外を覗くと、満点の星空を背景に巨大で真っ暗な穴が空いているのが見えた。
「あれがベテルギウスだ」とヨハンが言う。
 巨大な穴に見えたものは、巨大な光を放たない星だった。
 ベテルギウスに近づくにつれ、元々巨大な穴はさらに大きく視界に広がり、とうとう車窓一面が真っ暗になってしまった。しかし星の表面には無数の直線が交わり合った薄明るい幾何学模様が見て取れるようになって、何かしらの人工的な建造物がある事が分かって来た。そして時折、一分に一度くらいだろうか、星の表面で小さな閃光が瞬いている。まるでカメラのフラッシュのような明滅が、真っ暗な星表面のそこかしこに発生していた。
 いよいよ列車がホームに到着しようという頃、この星の全貌がトマーゾにも窺い知れた。多くの工場が建ち並ぶ工業地帯だ。金属の骨組みだけの無骨な建物がこの星の一面に広がる様は、針金を丸めて作ったボールのように見えた。そして未だ閃光は確認できるのだが、その正体までは分からなかった。

 駅に降り立つと、むき出しの鉄筋で出来た大きなホールに出た。駅まで工場内部のようだとトマーゾは思った。駅は人でごった返していて、この星は非常に栄えていると知ったのだが、二人は何より先に、人々の格好に驚いたのだった。
 上半身と下半身部分が繋がった厚手の白い服は宇宙服を想像させる。頭部には球状のかぶり物を付けており、後頭部は身体部分と同じ白い布地で、顔面部分は薄い緑色のガラスで覆われている。
 そうした姿をした人々がのそのそと駅内部をうろつく様に、二人は面食らい尻込みした。

 一つしかない駅の出口は数人の列が出来ていて、二人は怖々そこに並ぶ事にした。
 何かしらの審査を行っているのか、駅を出る為には警備員のような人物と会話をしなければいけないようだ。
 いよいよ二人の番が回ってくると、警備員の男は被り物の緑の面越しに二人を一瞥し、二つの眼鏡をトマーゾに手渡した。
「この星ではその眼鏡を外さないように」
 ぶっきらぼうに男がそう言うと、すでに用はないようで、手振りで「もう行っていい」と二人を追い払う。
 二人は戸惑いながら見よう見まねで眼鏡をかけ、追い出される形で駅の外に出た。
 眼鏡のふちは太く、透明なプラスチックのような素材だ。レンズ部分は薄い緑色で、装着するとずっしりと重い。眼鏡というよりはゴーグルに近かった。
 何故こんな眼鏡をしなければいけないのかトマーゾは不思議だったが、ヨハンもこの星に関しては良く分かっていないらしい。
 駅の外は、所狭しと工場が建ち並ぶ工業地帯だ。上空で見た時の印象よりは明るく感じられた。緑色の眼鏡をしているせいで分かり辛いが、工場のあちこちに照明がついており弱い光を放っている。真っ暗な工業地帯を躓かずに歩く為としたら十分な明るさだ。

 その時、激しい光が辺りを照らした。一瞬の事だった。二人はあまりの眩しさに目をきつく閉じ、反射的に地面に伏せる。その数秒後、遠くで地響きを伴う轟音が鳴り響いた。トマーゾはゆっくり目を開け音のした方を眺めるが、高い工場に阻まれて何が起きたのかは分からない。行き交う人々も特に慌てた様子もないので、この星ではよくある事なのかもしれない。
 ヨハンは雷が近くに落ちたのではないかと言う。トマーゾは上空で見た光の明滅を思い出していた。

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